カプセル化


 日々いろんな資料を作っているが、最後の最後に「意志」を付け加える段階で行き詰るとき、『ながれの事典』というのを開いて、ヒントを得ようとするときがある.リンク先を見ればわかるが、2万円を超える本で 姉妹本として『かたちの事典』というのもある.(私はあんまりかたちに惹かれなくて、ながれだけ持っている)
 先日その事典をぺらぺらめくって、株取引の価格変動曲線がフラクタル構造をしているという項を読んでいた.結構世の中にはフラクタル構造になっていることが多くて、何かに迷ったとき 実は一段高いところから見つめ直してみると、大きさが違うだけで、ほとんど同じことが繰り広げられたりするものだったりする.
 別に物事事象や構造だけでなく、個々人・組織の性格や判断であっても同じようなことを繰り返していたりする.

 そして、そんな傍ら『システム思考』という本を読んでいて、その始まりに「加速の法則」という行を見つけ、そうだよなぁ〜と思いにふけってみた.

 いろいろなことが「変化」と「バランス」で成り立っていたりするが、バランスは「固定させた」時点でバランスを崩す.何らかの揺らぎを持たなければ、バランスを取り続けることはできない.なんらかの動きを持たせるほうが自然であるなら(ゴルフの練習をしたときにも思ったが、ピタッと身体を止めた状態からショットに移るより、身体を揺らして入るほうが実は安定する)、その何らかの変化がどっちに向かっているかが重要で、さらにその向かうものが「指数関数的に伸びる」ということを想像するのがポイントだと思う.


 人間は、一次関数的なものに対する直感は楽に働くが、二次関数以上のものは慣れないと捉え間違ってしまう.「思ったよりも行き過ぎる」ということを意識するのは、意外に難しい.大体そういう時は、当初問題として気にしてたことなんてゴミのようなレベルの問題でしかなくなっており、問題はどんどんカプセル化されて、問題の焦点がずっと大きなところにいっていたりする.
 問題だと思って必死でこしらえていたものを自ら踏み倒すのは、思考の切り替えが邪魔をする.でもそれをしなければ、ただの「カプセル」を作ることしかできなくなる.歴史の上ではフラクタル構造の一部でしかなくて、同じことをやってると割り切れば きっと過去を活かすことはできるのに、だけど人間は一次関数的なものしか作りづらい.指数関数的なものを捉えながら、それを行うのはもっと難しい.