不正の正当化という心の拠り所(東芝不正会計)

今日の一番のニュースは、東芝不正会計の社長会見かな.
仕事しながら、ラジオ代わりに流して聞いていたのですが、
質疑応答の後半で「大変恐縮ながらその質問には回答を控えさせていだきます」が印象的でしたね.


まあ会見中ずっと、腫れものに触れるかのような言葉選びがされた受け答えだったわけで、
日本の大企業って 自分の意見をその場で出せない文化だったなあと思いだした.


きっと不正会計の実態だって、誰か恣意的な考えを持って強行した人が居るわけでなく、
小さなレベルの体験が、経験という麻痺によって
「いいことではないかもしれないけれど、別に悪いことじゃないよね、
 それでハッピーな人がいるんだからさー」
くらいの感覚に誰もが侵されていたのだろう.


あのアホみたいに繰り返していた「20万人の雇用を守るために」が、
その心の拠り所なんじゃないだろうか?



誤魔化しの永久機関は存在するのか?どこまで続けられるのだろうか?